ちょっとチョコレート
 


二月といえばのイベント第一陣、節分(豆まきと恵方巻き)も無事に終了し、
続きますのが、やはり恒例の聖バレンタインデー。
確かに愛にまつわる殉教をした聖人がいるという言われもある日じゃああるそうだが、
チョコレートをだしにしての恋愛記念日…なんて意味合いを前面に打ち出したのは、
洋風菓子を専門とした日本の某製菓会社だそうで。
要は恵方巻きと同じで、日本が発祥の販売促進イベントにすぎぬ。
それでもここまで広まったのは、
女性から告白してもいいじゃないなんてな風潮が
ファッションみたいな文化としてお洒落だと映ったからなのか。

 「ちなみに、外国じゃあチョコレートは男性も進んで食べている。
  日本のみたいにだだ甘くないからね。
  ブランデーとか強めのお酒のお供に丁度いいらしい。」

日本では女子供の食べ物なんて思われているけど、
それはカカオの分量が低いのを嵩増しするべく、
油脂成分だの砂糖だのをたんとぶっこんでいるからで。
さすがに近年のは、それはきめ細かく粉砕しているところとか、
色んな風味を生かした創意工夫がウケちゃあいるが、
それでもやはり本場では純正チョコレートとは呼ばれないのだとか。
(チョコ菓子ってところらしい。なので カカオチョコで挽回中。)

 それはさておき

デパートでも雑貨のお店でも、
コンビニや量販店さえ 一緒くたになって、
甘い香りと共にそれは華やいだ空気が街のあちこちで開花中。
世界各地から取り寄せましたといった
期間限定の各種チョコレートのみならず、
豪奢に映えるラッピングのグッズや、
プレゼントにというネクタイやら小物、
洋酒の小瓶などなどの売り出しに大わらわ。
商業施設や繁華街では わざわざ特設会場が設けられ、
この時期限定、バレンタインデー仕様なんていう海外ブランドの高級チョコとか、
有名ショコラティエの手になる特別製なんてのが、
宝石箱みたいな豪奢なケースへ飾られていたりもし。
友チョコやマイチョコはもはや定番になって来つつあるが、
逆に逆チョコなんてのがあったのはどのくらいの方が覚えているのやら。
そして なかなか無くならないのが義理チョコで。
でもまあ、そっちはある意味、職場でのイベントものというもの感も強く。
我らが武装探偵社なぞは事務員に女性が多いため、
連名で購入したらしい徳用パックが開けられて、当日のおやつにと配られる。

 「貰う身で言うのは何だけど、節分の炒り豆扱いかな?」

それか、クリスマスのお三時に出るケーキみたいなものとか?と、
自分でも美味しいケーキを焼く谷崎がそう言って、くすすと笑う。
ちなみに今年はしっとりガトーショコラに挑戦するらしい。
ナオミさんにねだられて…と言ってはいるが、
ねだられなくとも焼くのだろうというのは誰もが思うところ。
そんな話を聞いたのが数日前で、今日はいよいよ明日が当日という13日の帰途、

 “ボクは、どうしようかな。”

探偵社の新米くん、中島敦少年は、
少女と見まごう…とまではいわぬが、
それでもなかなかに愛らしく、まだまだ中性的な顔容をちょっぴり困ったように曇らせて、
ここ何日かほどは帰り道にある洋菓子店のショーウィンドウをついつい覗いてた。
好きな人への贈り物をする日、なので自分も好いてやまないお人へ何か贈りたい。
言うまでもなく、あの素敵帽子の幹部殿、
泣く子も黙る必殺の異能、重力操作という最強の力持つポートマフィアの五大幹部。
それは冴えた美貌も麗しい、義侠心の厚い中原中也さんへ。
昨年、当日は会えなかったけれど、二日後に招かれた中也の自宅にて、
カップケーキをフォークで割ったらとろとろのチョコソースがあふれる
フォンダンショコラというケーキをご馳走になった。
勿論、彼のお手製で。
スフレというケーキもそうだが、
焼きたてが一番という代物を、
招いた敦に その手際まで楽しく見せられるほど
それはお見事な段取りでてきぱきと作れてしまうお兄さんであり。

 『うわ、美味しいですvv』
 『そうか、お代わりあんぞ?』

しっとりふわふわだったケーキも
とろりと溢れ出したチョコソースも とってもコク深く甘くて美味しくて。
美味しい美味しいと嬉しそうに頬張る敦に、
彼も負けじとそれは嬉しそうに笑って喜んでくれた。
その前にと供された
野菜たっぷりのミネストローネも、ジューシィだった鶏の照り焼きも、
一口サイズのホタテのコロッケも、ぷるぷるしたマカロニとキュウリやハムのマヨサラダも、
フローズントマトのシャーベットも それは美味しくいただいており。
こんな家庭的なことも器用にこなせるお人が何でマフィアなんだろと、
恐縮しつつもあらためて不思議に思ったものだった。
そこまで出来る人へ勝るものなど はなから考えちゃあいなかったれど、
それでも大好きなんです、お慕いしておりますという胸いっぱいに詰まってるこの想い。
ボキャブラリィが覚束なくって到底満足に現し切れないむず痒さごと
ンキィッとなりそうなほどの “気持ち”を呈したくてのそれでと。
自分でも出来そうなものというのを検索しまくって、チョコ風味のパウンドケーキを焼こうと思った。
ホットケーキの素は辞めた方がいい、あれはその場で食べないと堅くなってしまうよと、
谷崎さんからもアドバイスされ、薄力粉を使っての一からという手作りに挑戦するつもり。

 「よぉ〜し。」

早めの帰宅後、4つ買ってた夕飯代わりのおむすびを食べ、
さあ始めようかとシャツの袖をきっちりまくる。
エプロンまで装着し、小さなキッチンに立ったところ、
すぐそばの玄関扉をコンコンと叩く音がした。

 「?」

チャイムなんて洒落たものはないし、この狭さなので不要というもの。
鏡花なら声くらいはかけてもノックはするまい。
こんな時間に誰だろうかと怪訝に思いつつ、

「は〜い。」

応じながら扉を開けた敦が、
だが、そのまま総身を一瞬凍らせる。

 「…え?」

顔見知りじゃああったが此処に来て良いものかという存在、
その痩躯にひたりと吸いつく、膝下丈の闇色の長外套が仕事服という、
死神のようないでたちが定番の、漆黒の禍狗さん(只今オフか 私服仕様)が立っていたからで。
え?と玻璃玉のような双眸を目一杯に見張ってから、
ついついそのまま扉を閉めかかったのにはさしたる他意はなかったものの、

 「…っ
 「判った、ごめん。ちょっと現のことと思えなくって。」

どががっと結構な音立てての連打がしたんで、
ああしまったと本気で謝り、再びドアを開けたれば。
あの長外套以外でも発動可能らしい“羅生門”の切っ先が数本ほど、
痩躯を包むデザインコートの裳裾から伸び、古びたドアにつき立っていた。
もはや慣れもあってのこと、へたり込むほど恐ろしいとまでは思わぬが、
あくまでも社の寮なので壊されては困るという方向で焦りつつ。
改めて向かい合えば、剣呑極まりない貌がふっと覚束ない風情へ変化し、

「相談に乗ってほしいのだが。」

つい先程、加減したとはいえ必殺の異能を繰り出した芝刈り機、
もとえ、ポートマフィアの麗しき殺人鬼様が、
何とはなく視線を逸らすと狭い玄関先の土間をチロチロとよそ見しだしたので。
日も日だし、立場というかお互い様なところも重々判っているのでと、
何とはなく察しがついた虎の子くん。

「…うん、何となく判ったけれど、後ろにおいでなのはもしかして。」

それは細っこい彼のその身の陰へ隠れ切るほど、
そちらも痩躯のもう一人が付いて来ており。
一体誰なのと首を伸ばして問えば、
ひょこりとそちらも含羞みつつお顔を覗かせたのが、
撫子さんこと、芥川妹の銀さんで。
お仕事とは離れた場所でが初対面だったせいか、
ついつい麗しのお嬢さんという印象しか出て来ない敦だったが、
実は実は さにあらん、
彼女もまた、あのポートマフィアの実働部隊“黒蜥蜴”の幹部格だとか。
まま、今はそれは関係ない。
あれまあと驚きつつも、日も暮れての夕間どきだと我に返り、
寒かろうからと兄妹に上がってもらう。
食事は済ませて来たそうでの、さてそれで。
居室に置かれた卓袱台を囲むように一旦座り、
お茶を出しつつどういう意向の訪問かを改めて訊けば、
おずおずと切り出されたのは やはり、

 「明日の贈り物として、チョコレイトの菓子を自分で作りたいのですが。」

さすがに芥川の方も単なる付き添いではないのだろう、
他人事のそれだと ふんぞり返ってはおらずで、
割り座という格好で座ったその膝へと手を衝いての、
真摯な顔つきで加わっている模様。
そんな兄の傍らから、交渉役なのか撫子さんが紡いだのが、

「料理は何とか一通りできるのですが、お菓子は一度も…。」

ヨコハマという割とハイカラな土地に住んでおり、
昔はともかく今はそれなりの収入もある身。
毎日の食事じゃあない嗜好品の菓子やケーキは
質でも効率でも買った方が早いと思うのが女性だって常套だろう。
でもでも特別な日の贈り物。
買えば手に入るものじゃあない、気持ちを込めたものを贈りたいと
恋するヲトメなら一度は思うところではなかろうか。
ヲトメじゃあないがようよう判る敦としては、
自信がないので頼りたいという意向もこれだけで察したものの、
だがだが、

「でも、ボクもそんなに腕がいいわけじゃあ…」

確か樋口さんも近しいお仲間じゃあなかったですか?と、
もっとあてになりそうな女性を思い立つ。
何せ昨年の敦はというと、
やはりやはり 素人でも大丈夫という無難なチョコケーキ、
ブラウニーとかいうのを鏡花ちゃんと一緒に頑張った。
オーブンがないのを困っておれば、
ナオミさんが “ウチでも(兄さまが)焼くから順番こに使えばいい”と提案して下さったのだが、
誰かに贈るためだというのは何とはなくバレバレだったようで、
そんな経緯まで思い出し、そりゃあたどたどしい手際だったので、
お手伝いにもならないんじゃあないかと たはは…と苦笑をしておれば、

 「何を言うか。あの中原さんがそれは褒めていた。」

こういうことへの謙遜などするなと、
まだまだあまり空気が読めないらしい覇王様が、やや憤慨気味に言葉を挟む。
真摯なお顔のままなのへ、ちょっとどぎまぎしつつも
え?それって?と詳細を訊けば、

 「にやにやと嬉しそうに笑いつつ、誰彼構わず自慢しておられた。」
 「う…。////////」
 
贈った方が恥ずかしくなるよな惚気を、
惚気と気づいてなかろう存在から はきはきと聞かされ。
羞恥から “うわぁ…”と頭を抱えれば、
撫子さんがウチの兄がすみませんという気色で宥めて来るので、
傍から見ればとんだコントのよう。(笑)

 「ちなみに、樋口もあまり厨房事は得手ではないらしい。」
 「ええええっとぉ。」

時々 罰則遊戯か仕置きのためのような代物を持って来ては、
部下らを悶絶させていると。
やはりしれっと言う芥川なのへ、兄さん…と窘めるような小声が続き。
これ以上何か暴露されても何なのでと、
お膝の上でもみくちゃにしていたエプロンをパンパンと叩いて伸ばした敦くん、

 「そ、それで何を用意するのかな?」
 「何か簡単なものと思ったのですが、その“簡単”という定規さえ定まりませんで。」
 「貴様が手掛けるものならば、僕らにも何とかなろうと。」
 「兄さんっ。」

そこまで明け透けってのもどうかと、お〜いと苦笑しかかったものの、
そういやあ この兄様の方もまた
太宰が時々惚気るほどに様になってる料理を手掛けているとも聞いている。
だのに、自分も妹御の付き添い以上に頼って来たらしい様子であり、

 “そっか、お料理とお菓子は別なんだなぁ。”

別です。
台所仕事じゃないかと一緒くたに感じる人も多かろし、
実際、両方こなせる人には他愛ない差しかないことかもですが、
ただただ毎日のおさんどんしかしてない者には、ちょっと思い切りのいるジャンルです。
材料を用意するのへもスケールがいちいち要るのだろうし、
オーブンの温度とか焼き時間とか、精密に構えなきゃあ失敗しそうでおっかないです。
目見当でちゃっちゃと作れる肉じゃがと一緒には出来ません。
自分チの愛犬は情が通じておればこそ多少は雑に扱えるけど、
他所から預かった座敷猫だとどう手ェ出していいやら…というような。

 「何だかもーりんさんが混乱して来たんで、
  こっちはこっちで始めよっか。」
 「うむ。」
 「はい。」 (シクシク…)

客人二人もそれぞれに支度をし、粉が飛んでもいいようにと
袖をまくっての前掛けを装着。
髪は作業途中に落ちないようにとうなじで束ね、
何なら仕事中の格好になりますがと撫子さんが言い出したが、
そこまでせずともと制してのそれから。
一応は要りようかなと持参してきた、
薄力粉やチョコ、ココアに卵、生クリームを見せてもらい、
これなら買い足すものはないねと 予定だったパウンドケーキの説明をする。
薄力粉や砂糖、ココアをそれぞれ計り、
クッキングシートを敷いた皿へと分けておく。
紙製のケーキ型は余計に買っておいたが、失敗するかもと見越してのこと。
長方形のそれを組み立て、

 「さて。」

実は敦自身も今日の昼休みに、社の談話室でレシピブックを借りたばかり。
昨年のブラウニーと手順は似たようなもの、
むしろこちらの方が簡単だよと谷崎から言われ、
コピーさせてもらったレシピをテーブルの一角に広げる。
チョコを湯煎で溶かし、砂糖とバターを白っぽくなるまで泡だて器で混ぜたものを投入。
泡だて器で混ぜ、なめらかになったら、
溶き卵、振るった小麦粉半量を入れて混ぜ、
しっとりまとまったら残りの小麦粉を投入し、ゴムベラでさっくりと混ぜる。
生クリームを投入し、お好みでマーマレードや柑橘の皮を風味づけに入れて。
まずはの第一弾、横長の紙箱ケーキ型へ流し込むと、
温度設定をしたオーブントースターへ。
実はオーブンではなくのこれで焼けるという点も相談してあって、
一定温度となるよう、火力を調節してのさて、

「ところで鏡花は?」

ひと段落着いたとなって、ふと、今頃不在なのに気づいたらしい芥川、
粉が飛んだ手を洗いつつ、一応 室内を見回してから訊いてくる。
彼らの住まいやセーフハウスはマンションで、
二間はあるからそのような確認となったのだろうが、
そういうところも重々承知の、
途轍もなく一般的じゃあない危険職なのにこの待遇な虎の少年、
けろりと笑って、

 「社の厨房で明日の準備をしているよ。」

クリスマスやハロウィンにバレンタインデー、
ついでかノリか ホワイトデーも、
女性社員の皆さんでクッキーやケーキを焼くのが恒例で。
何かしらそういうことがあるものだから、社長が奮発したオーブンまで置いている。
昨年のバレンタインデー、鏡花ちゃんはボクにも別にくれたのだけど、
あと、乱歩さんにもいつもお菓子をありがとうって渡してた。

 「そういうのっていいですね。」

35分かけて焼けるまでを待つ間、何とはなく気も抜けたせいか、
第二弾以降も用意しつつ、他愛のないお喋りに花が咲く。
撫子さんがふわりと笑って見せ、
ちょっぴり含羞みの色が濃くなったので、

 「そういえば、銀さんは誰に? 芥川へですか?」

敦が訊くと ふふーと笑うだけ。
兄上が ??と小首をかしげるところを見ると、彼にも知らされてはないらしく、
これは野暮な事を訊いてしまったらしい。

 「…あ。」

ただ粉を練ってた時以上の甘い香りが、室内にふわりと広がり始める。
何を作っても敵いっこないけど、こういうのは気持ちですとナオミさんから言われたなぁ。
何かしたいの贈りたいの、だってあなたが好きだからと、
そういう想いで居りますというの、ちゃんとお相手も判るものですと。

 『むしろ、ないがしろにするような輩は振っておしまいなさい。』

忙しいとかそんなの子供の遊びだとか、
言い訳するよな輩なんてお払い箱にしてやればいいと、
女子力以外にも何かしら高めな、
これもまた立派に女傑なお嬢の言いようを思い出しつつ、

 ち〜ん、と

焼けましたよというベルが鳴ったのへ、3人がトースターの窓を揃って覗き込む。
生地はふっくらと盛り上がっており、真ん中あたりに味のある亀裂がうっすらと。
ミトン型の鍋掴みをし、そおと天板ごと引き出して、
竹串を差してみるとすすッと刺さって何もついては来なかったので合格とし、
次のを仕込んで、試食をと包丁を入れれば、
やはり上出来の軽やかな切れ味で。
生クリームをホイップしていた撫子さん、それを添えてくれたので
男子二人がぱくりと口にし、目を見張り合うとうんうんと頷くのもお揃いで。
仲が悪いとしながらもその実、随分と馬が合っているのが妹御には可笑しかったとか。

 溶かしたチョコにイチゴを浸して 2/3ほどコーティング。
 それを上にちょこりと乗っけて、
 ケーキ型ごとセロファンでくるみ込むと、
 あとは各々でラッピングするということで。

あんまり寒くはなかった今冬だが、
それでもここ数日は冷え込みもひとしお。

 「世話になった。」
 「ありがとうございました。」

そんな中を、似たようなシルエットの兄妹が帰ってゆくの、
扉の外に立って見送って。
ふと見上げれば、上弦の月。
明日は晴れるといいなと思いつつ、
頬を笑みにて綻ばせ、部屋へと戻った虎の子くん。
社の皆さんと焼いたケーキを胸に、
寮へと急ぐ鏡花やナオミも同じ空を見上げており、
明日はいい日になりますよ、きっとvv


     〜 Fine 〜    19.02.13.


 *月で〆ましたが、あくまでもデータ上のお話で実際は曇っているかもしれませんね。
  物凄い突貫のバレンタイン話で、雑なのが悔やまれます。
  こっちの芥川くん、久々に書いたのにぃ。